1971-02-16 第65回国会 衆議院 予算委員会 第13号
記録、文献によりますと、平沼騏一郎検事総長と協議の結果、政界を去り、引退し、謹慎する、こういうところまで内務大臣が言って、ここで諸般の追及手続が遮断されております。同僚であり、お互い個人として信頼する仲で、情においてはそれはほんとうに忍びない。けれども、憲法を守り、筋を通したい、行政、司法、立法の三権分立の精神を通したい。これに徹しておったのが尾崎司法大臣であろうと私は思います。
記録、文献によりますと、平沼騏一郎検事総長と協議の結果、政界を去り、引退し、謹慎する、こういうところまで内務大臣が言って、ここで諸般の追及手続が遮断されております。同僚であり、お互い個人として信頼する仲で、情においてはそれはほんとうに忍びない。けれども、憲法を守り、筋を通したい、行政、司法、立法の三権分立の精神を通したい。これに徹しておったのが尾崎司法大臣であろうと私は思います。
当時この事件を指揮いたしました平沼騏一郎検事の回顧録がございますが、毎朝六時に、時の総理大臣柱公爵の私邸に行って、前日のできごとを報告していた。非常に連絡を密にして、法務大臣を乗り越えて検事自身が総理大臣の指揮を受けていた。どうも法律以上の力がこの捜査及び裁判に影響している。影響しているというよりも支配しているというか、食い込んでおる。どうも政治裁判のにおいがきわめて濃厚になっております。